No.23('98)
多分こういうページがあるだろうなとは予想してましたが、
なかなか見る勇気がおきませんでした。
今日、初めて覗いてみて、桂介と同じ病気の子が
いっぱいいるんだと驚きました。
桂介は私の3人目の子供で、昨年2月に生まれ
3週間普通に家ですごしました。
ある夜突然苦しみ出し、近くの病院へ連れて行きました。
そして、看護婦さんに一目みるなり、ひったくられ、
そこの医師にうちではどうしようもない、
すぐに救急車を呼ぶからといわれました。
二人とも3人目の子供なのでのんきに構え
ミルクの飲みの悪い子だなあとしか思っていなかったので、
突然の事にただおろおろするばかりです。
その夜は救急病院の医師により一命は取り留めたものの
このままでは明日までも持たないかもといわれ、
私たちには選択の余地はありませんでした。
検査のあとすぐ緊急手術です。
大動脈縮窄症,心室中隔欠損,心房中隔欠損、そして、僧帽弁閉鎖症、
これが彼の病名でした。
手術は成功、これでとりあえず大丈夫といわれ、
体力をつけて1,2歳ぐらいに次の手術をしましょう、という話でした。
管が少しずつ外され、だけど肝心の呼吸器がなかなか外れません。
毎日、高速に乗りNICUに面会にいくたびに
今日こそは外されていますようにと祈りながら車を走らせました。
そして1ヶ月後、なかなか回復しない原因を探るためもう一度検査です。
そして、彼にとっては幸運だった中隔欠損が自然治癒で
塞がりかけていることがわかりました。
本当なら良いことなのに桂介の場合はそれで血が循環しなくなってしまうため、
わざわざまた開け直さなくては、いけません。
塞ぐのはかんたんだけど開けるのは、容易ではないようです。
手術を担当してくださった外科医師は、「僕は絶対成功すると思います」と
いって下さいました。
その言葉がどんなに心強く思えたか、精一杯手を尽くしてくださったことに
今も感謝しています。
12時間の手術に小さな心臓は耐えられなく、
もう一度動くことはありませんでした。
最後のお別れのとき、生後2ヶ月で涙を流すという育児書どうりに彼は、
初めての涙をながしていました。
その時、初めてわたしたちの顔も見えていたでしょう。
やっと見つめあえたね・・・声を出さずに泣くなんて本当に悲しい涙ですよね。
私も言われましたよ、
一生心臓の悪い子は本人もかわいそうだからこれで良かったよって!
それでも生きていて欲しいと思うのはおやのエゴだそうです。
近所の人や、身内にまでいわれました。
「そうね」って、私笑えませんでしたよ、悪気はないでしょうけどね。
本気でその人に「あなたの子供がそうでも、そう思う?」って言いそうでした。
私は、まだ「桂介にもう一度会う事」をあきらめていません。
排卵誘発剤も使いましたが、流産してしまったので
いまは自然にまかせています。
こういう気持ちでまた生むのは間違っているんでしょうか?
「二人いるからいいじゃない」ってよくいわれます。