No.39('99.2.5)

私も昨年、子供を亡くしました。妊娠30週でした。
当時、仕事をしていた私に 夫は、早く辞めろとせかしました。
今思えば、そうしてればと後悔しています。12月上旬出産予定日でした。
9月30日、夕方になり、挨拶を終えて9年勤めた会社をあとにしました。
昼におかしかったおなかが、急にひどくなり具合は最悪。
電車にのり、そのまま病院へ行こうと決め、最寄駅へ。
ホームに降りた瞬間、大量に出血。
救急車で運ばれ、処置室で赤ちゃんの様子をモニターで確認すると
もう動いてくれませんでした。
心音も微弱・・・。私は叫びました。
「先生!早くおなか切って!赤ちゃん死んじゃうよ!!」

そして意識が戻った時、私のおなかは からっぽでした。
麻酔が効いてボーっとするなかで「赤ちゃんは?」
・・・その答は、夫の涙声でわかりました。
「ごめんね・・ごめんね」それしかいえませんでした。
常位胎盤早期剥離。1490g、40cm、女の子でした。
つい2週間前、モニターから手を握ったり開いたりしてる映像を
見たばかりでした。
退院して家につくと、やっと私は娘を抱くことができました。
それは とっても小さな箱でした。
薬で止められ、全く母乳のでない胸に抱いて、夫の前で初めて泣きました。
納骨の日まで、毎日抱いてました。
誰にも抱いてもらえなかったとおもって、そのぶん私が抱いてあげようと。
(あとで 母の日記から、あの日夫も父母も抱いてくれていた事を知りました。
夫が内緒にするよういったようです。)

納骨の日、夫と泣きはらした顔でお寺へ。
供養の言葉のなかに、「7ヶ月胎児の・・・」と聞こえました。
そう、私の娘には名前すらないのです。ガク然としました。
戸籍にも残らない、写真もない。お骨しかないのに、もうお墓のなかへ・・・。
何もない、あの娘のこと思い出そうにも何もないんです。
そして、娘に何も残してあげられなかった。
長い話で、ごめんなさい。 souちゃんは、幸せだったと思います。
ママとパパに、たくさんの思い出と愛情をもらって旅立てたのだから・・・。
親としてしてあげられる事、精一杯したのですから・・。
生意気云ってすみません。
でも、私もこのHPを見て何もせずにいられなくて・・。

最後に、souちゃんに伝えてください。
首が長くて、おめめの細い女の子いたら、一緒に遊んであげてください、と。