No.46('99.4.10)

私は昨年11月女の子を出産しましたが、生まれつきの心疾患、
総動脈幹症という病名で、23日間という短い生涯を終えました。
私たち夫婦にとって初めての子供でした。
おなかにいる時から話し掛け、出てくる日を楽しみに待っていました。
里帰り出産の為1ヶ月前から実家に戻り、父さんとは1ヶ月間会えませんでした。
やっと父さんの休みが取れ、一ヶ月ぶりの再会に興奮したのか、
その日の夜陣痛が始まり、翌日の正午をまわって、誕生しました。
分娩台に上がって、たった15分の出来事でした。

まる一日経たないうちに、先生から呼ばれ、
「心臓に雑音と、ミルクを飲む時にチアノーゼが見られます。
これから、国立病院へ搬送します。」
母も主人も、ちょうど面会から帰ってすぐのことでした。
何の事だかさっぱりわからず、ボーっとしていました。
事の重大さが分らず、涙ばかり出てきました。
部屋は3人部屋。あまり泣いてても同室の人に悪いと思い我慢していました。
「死んだのではない!死ぬのでもない!」と一生懸命思いました。
そして、母と一緒にその子は国立病院へ行きました。
一度もおっぱいを含ませる事が出来ないまま・・・・・
抱きしめることも出来ず・・・・・

私は入院中母乳を出すためにマッサージをしてもらい、
沢山の母乳が出るようになりました。
退院後も2時間おきに乳を絞り、冷凍し、国立へ運んでいました。
しかし、母乳はほとんど飲ませてもらえず、ミルクばかりでした。
「一週間したら岡大で手術されることになっています。それまで体力をつけます。
状態は安定してますので、急変することは無いでしょう。」
と担当医に言われていました。
でも結局、岡大での手術も搬送も無いまま、天国へ行ってしまいました。
天国へ行く前日、母と面会に行っていただけに、
電話があった時信じられませんでした。
行ってみると、身体中真っ青で、鼻・口からは出血し、
目は充血し開いたままでした。
心臓は大人の両手でマッサージされ、背中にくっついたまま
戻らない状態にまでなっていました。
担当医から特に説明も無く、一言
「お父さん・お母さんに話していない事があるんです。」
理解できず、早々に家に連れて帰りました。
葬儀をし、国立病院へ預けていた大量の母乳とおしゃぶりを
取りに行こうと連絡すると、時すでに遅し、なんと捨てられていました。
何の許可も無いままに!
おしゃぶりは病院側から頼まれ、持っていったものでした。
たった一つの遺品になるものが・・・・・
悲しみ・怒りが交じり合い、誰にもぶつけられない気持ちを
コントロール出来ませんでした。
今もスーパーなどに行くと、赤ちゃんが気になります。
そして、涙が出てきてしまいます。
下に住む住人の所にも、赤ちゃんが居ます。
泣き声が聞こえてくると・・・