No.52('99.10.29)
ボクは6月15日の夜の7時38分に生まれました。2910gでした。
ママは夕方4時くらいにおなかが痛くなり、病院に着いてすぐに
うーんうーんてがんばって ボクもママとパパに会いたくてがんばりました。
すごい安産なんだって。
でもママはすごーく痛そうだったよ。
ボクは産まれつき心臓からでている血管が他の赤ちゃんとはちがっていて、
息が苦しかったんだ。でもボクは苦しいって言えないから・・・。
パパとママがぼくの苦しいのに気づいてくれて、おっきな病院に運ばれたんだ。
次の日ながーい手術をして、ボクすごーく痛かったけどがんばったんだ。
それからボクはちょっとづつ楽になって、先生も看護婦さんも優しくしてくれて
またがんばったんだ。
パパとママには1日に1回しか会えなかったけどパパとママが来るのが
すごくまちどおしかったな。
ママはよく「ぞうさん」を歌ってくれたよ。
ママのおちちもお鼻からだけど飲んでたんだよ。
ママは毎日おちちを冷凍してもってきてくれてたんだ。
でもボクはどうしても自分で息ができなくて
また長くて痛い手術をすることになったんだ。
8月9日に手術したけど、それがすごく長くてつらくて。
ママとパパはその日から病院に泊まってくれて
ボクの良くなるのを神様にお願いしてくれたんだけど。
ボクは8月22日にお空に昇り、お星様になりました。
痛いのや苦しいのを我慢して一生懸命がんばったんだけど
ボクの体は痛いのや苦しいのに ついていけなくなりました。
ボクの体にはいっぱい管がつけられて、機械が無いと
ボクは息もできなかったけど、最後は自分で息をしたんだよ。
ママに抱っこしてもらいながらボクはお空にいったんだ。
お医者の先生がボクの体から管や機械をはずしてくれてすごく楽になったよ。
きれいになったボクを見てママは「お人形さんみたい」って言ったんだよ。
かわいいお洋服を着てママに抱っこしてもらいはじめてお家に帰ったんだ。
ボクここで遊びたかったな。
ボクとお別れに来てくれたみんながボクのこと「かわいい」って言ってくれて
うれしかったな。
「ボクがんばったんだよ」ってみんなに言いたかったんだ。
ボクはママとパパが何千も何千も折ってくれた鶴と一緒にお空に行きました。
息子の病名は「大動脈縮窄複合」といいました。
大動脈縮窄、心室中隔欠損、動脈管開存、卵円孔開存、
心臓にこれだけの欠陥をもって産まれました。
生後4日めに呼吸が粗いのに気づき市の総合病院に転送されました。
そのときはもうショックの状態で運ばれアシドーシスがひどく
おしっこも全く出ておらず、最重症と判断され、
まず1回目の「覚悟してください」を言い渡されました。
その後、なんとかおしっこが出て、
大学病院に転送される状態まで持ちなおしました。
私はまだ出産後まもないこともあり産院にもどりました。
その日の夜、大学病院から
「明日手術しましょう」との連絡が入り、午前中に説明、
午後3時から手術に入りました。
予定の6時間を過ぎても連絡がなく、待っても待っても手術が終わりません。
連絡が入ったのが、翌朝の3時。
12時間もの手術。人工心肺も4時間つけていたそうです。
大動脈の細い部分がとても細く長く、ほとんど「離断」だったそうです。
胸はとじず出てきました。
6時間後に心臓のむくみが最大になり、それがヤマで
それをこえなければ・・・と
2回目の「覚悟しておいてください。」
なんとかなんとか最悪を脱出しましたが、
なかなかおしっこの出がよくなりません。
人工呼吸器もはずせず胸骨もとじれないままでしたが
ICUからNICUにうつりました。
痰からMRSAが検出されたり、乳ビ胸になったり・・・
心臓が大動脈が悪かったはずなのに肺の状態も悪くなる。
小さい小さいからだなので手術の時に横隔膜の神経にさわり
横隔膜がマヒしてしまったそうです。
1回目の手術でできなかった心室中隔欠損、肺動脈バンディングの解除のため
2回目の手術をすることになりました。
やはり癒着がひどく、1回目の手術の影響で1部の血管が細くなっており
その修復のため また10時間かかり、人工心肺も4時間乗せていたそうです。
手術直後は先生も笑顔で
「大変でしたが今は心臓の動きもいいので大丈夫ですよ」
と言ってくださいましたが、その夜心臓の動きが悪くなり
翌々日には体外循環の措置がとられました。
血液透析もはじまり「ポンプをつけていられるのは最大7日」といわれました。
心臓が悪いと肺も悪くなる。
そうするとまた心臓の動きが悪くなるといった悪循環。
逝く前の日は頭をさわっても冷たくて。
最後の日はいよいよ「ポンプを止める日」、朝から緊張していました。
家に帰ってシャワーをあびて食べれるかわからない昼食を買って
病院にもどりました。
面会に行くと、溶血がすすみ臓器から出血している状態。
昨日の頭の検査でも細胞の破壊がはじまっている。
このままだと皮内出血も始まり見た目もかわいそうなことになるのでとの説明。
午前中にはポンプを止めましょうと言われました。
覚悟は何回もしてきたのですが、さすがに泣きくずれました。
本当に最後までがんばりました。
最後は呼吸器をはずしてもらい、30分ほど自分で息をしました。
死亡診断書には直接の原因は「肺水腫」と書いてありました。
私と主人以外は直接先生の説明を受けていないので
「心臓がわるかったのにどうして肺がわるくなるの」とよく聞かれます。