左心低形成症候群・・・この聞いたことのない病名と出会って、どれほどの時が経ったでしょう。
入院した当時、この病気は心臓病の中でもお腹の中にいる時にわかりやすいと伺いました。
なぜ、生まれた病院でわからなかったのか、わかろうとしなかったのかを考えた時期もありました。
心雑音がある、ミルクの飲みも悪い・・・と知っていたのに。
けれどお腹の中にいる時にわかったとしても、私にはなにもできなかったはず。
同様に生まれてすぐにわかったとしても、なにもできなかった。
それどころか緊急で専門病院に運ばれ、一度も家でふれあうことはなかったでしょう。
5月21日に生まれた病院を退院し、その時に心雑音があるからと専門病院を予約するよう言われ、予約日の29日までの8日間は今でも決して忘れることのない幸せな時間です。
あの時になにもわからなくてよかったと心から思っています。
予約日にはすでにチアノーゼがでていました。
一日遅れていたらどうなっていたかわかりません。
なにもせずこんなに生きていたのは奇跡だと言われました。
家にいた8日間、どれだけつらく苦しかっただろうと思います。
私はそばにいたくせに、母親のくせに、なにもわかりませんでした。
わかろうとしませんでした。
それがわかったのは検査が終わり、外来の医師に入院を告げられ、さらに精密検査をし、病棟の医師に病名を告げられ、病室でようやく会えた時でした。
担当の看護士に点滴の説明をされ「今は呼吸が楽なはずですよ」と言われ、初めて今までつらかったのだと知りました。
家で一緒にいられた日々はかけがえのない時間でしたが、それ以上の後悔は一生消えないでしょう。
でもそれは自分に対しての後悔です。
小児医療センターでは本当によくしていただきました。
この病気は成績が悪く、どの病院の医師も手術をしたがらないという現実も聞きました。
けれど今思いだしても、当時のスタッフの皆さんはよくがんばってくださいました。
今でも皆さんの顔がうかびます。
責めるどころか、ただただ感謝です。
最後に颯馬に関わった当時の皆さんにお願いです。
命がひとつなくなったことは忘れられないことだと思います。
どうかそれをこれからの医療に役立てて、助けられる命を増やしてください。
そして時々、たったひと月だけれど精一杯生きた命を思いだしてあげてください。
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